2026/4/9夕方、だいちゃんが17年10ヶ月の生涯を終えました。
昨年9月、咳をすることが増えたので受診したところ気管支炎になっていることがわかり、進行と症状を薬で抑える生活を送っていました。呼吸器の病気は最期がすごくしんどい場合もあるという話をいろんなところで聞いていたので、それが何より怖くてずっとびくびくしていました。途中、少し重たい咳が出るようになったときもありましたがお薬を調整してもらい、そのおかげで幸いにもゆっくりと穏やかな呼吸で過ごし、最期のときはため息のような深いのを間隔をあけて5〜6回して、止まりました。
とはいえその日は前日までと比べてそわそわとした動きが出ていて、寝る姿勢を変えようとするときに少しもがく仕草をしたり、ときどき私のほうを見て小さくにゃーと鳴いたり、近寄ると膝に上ろうとしてきたりしました。抱っこして撫でていると落ち着くこともあればすぐに降りたがることもありで、やはりもちろん一定の苦しさはあったと思います。人間の目で見て激しく苦しそうには見えなかったというだけで。ただ、寝ているときの姿勢は基本的に横向きだったのですが、であれば比較的苦しさは少なかったのではという獣医さんのお話で、少しだけほっとしています。
3年半前に旅立ったのんちゃん・ちいちゃんのときとは違って食欲が落ち始めると右肩下がりで、少し回復してしばらくキープされるというような期間がなく、もうこの流れのまま終わってしまうんだというあっけなさを最後の期間は強く感じていました。寂しさがまだまだ折りに触れて湧いてきそうな気がしています。

それに、様子をできるだけ観察してできることはしたつもりでも、こうしていたほうが本人は嬉しかったんじゃないかとか、あれこれ考えてしまいます。もちろん考えてもしょうがなく、それは次に誰かの介護をするときに活かすしかないのですが、だいちゃんごめんねと思うこともしばしばです。
でも、それにしても可愛い子で、うちの子になってくれて幸せでした!
じーっと真っ直ぐにこちらを見て、前足でちょいちょいと抱っこやおやつをねだる姿は今でも浮かんできます。甘え始めると周りが見えず、私の顔を見ながら一緒に歩いていて何かにぶつかるとか、ありました。そして甘えん坊なくせに忘れっぽいので、旅行で数日家を空けて(友人に世話を頼んで)帰ってきたときは私のことを忘れて物陰に隠れて出てこなかった、なんてこともありました。

下の写真は、うちにきて間もない、先輩猫ののんちゃん・ちいちゃんの包容力の中で育っていた頃のものです。かなりやんちゃだったけどふたりに優しく見守られて過ごしたおかげで、ずっと愛嬌のある子だったのかもしれません。

今回も、動物病院の先生方はじめスタッフの方々には、ご多忙な中丁寧で優しい対応をしていただきました。心配なことはいつでも聞けて、本当に心強かったです。
ペット霊園の方にも、丁寧なお見送りの時間を設けていただき感謝しています。
そして、だいちゃんの介護に時間を使えるようにいろいろと気を配ってくれた夫にも大感謝です。社員を信頼して在宅フレックス勤務をさせてくれている会社にも。おかげで、晩年を丁寧に見て看取ることを実現できました。
寂しさはしばらく残ると思いますが、残った3匹をしっかり見て、可愛がっていこうと思います。




